第90号「編集後記」

「部落解放研究くまもと」第90号をお届けします。
 今号の特集は、「教科書をタダにした闘い~高知県長浜の教科書無償運動~」です。 本年度総会の記念講演でお話しいただいた内容をもとに、加筆していただきました。
 お話の中で、当時の教科書無償化闘争を担った方々の多くが亡くなられたり、 ご高齢になられたりして、直接お話を伺うことが難しくなっているとお聞きしました。 当事者に直接お話を伺える同時代の出来事から、言い伝えられたこと、 書き残された言葉や文章をもとに、当時の出来事をたどる時期に入ろうとしているということです。 今回、 貴重な資料をもとにご講演いただいたことには大きな意味があると考えます。
 印象的なのは、闘いの一途さです。教科書無償化闘争の最初の会合が、1961年の3月7日。 それから1ヶ月しかない4月の新学期に向けて 、教科書をタダにする闘いが始まります。 限られた時間の中でとにかく動き人と会い、自分たちの思いを伝えてなかまをつないでいく。 自分たちの闘いは「 だれっちゃあから後ろ指をさされやせん運動じゃ。 憲法26条にはちゃんと”義務教育は無償”と出ちゅう。この闘いは、 一番大切な憲法を守る闘いぞね。」の言葉がこの闘いの意義を象徴しています。また、 その背景にはきびしいくらしの中で子どもたちの教育を保障したいという願いがありました。 一人ひとりの思いをつなぎ、微力でもできることをしていく民主主義の具現化でもあります。
 この闘いの苦難に満ちた過程は本文で詳細に述べられていますが、 その結果として全国の義務教育学校で教科書の無償配布が行われることになります。 部落差別の課題を社会的に解決することが多くの人たちの権利を保障することになるという道筋は、 現在でも学ぶことの多い教訓であると考えます。  熊本学園大学の矢野智世美さんの『史料 安政2年~明治5年「上益城中申渡」』は、 解題の中で矢野さんが述べておられるように、1855年から1872年にかけて、 上益城郡内で発生した当時の裁判の記録です。罪状と判決が記録されていて、 当時の社会の一端をうかがうことができます。
 歴史史料の多くは政府など権力側の記録です。不都合な事実は消去されたり、改変されたりして、 知りようのない過去もあります。歴史の中の民衆、とりわけ社会的弱者や被差別者については、 限られた史料から断片をつなぎ、声なき声を拾い上げ、そこに 生きる姿を見いだすことが、 歴史の実相を浮かび上がらせることになります。
 解題にあるように部落問題につながる記述もあり、また明治維新を境に「平民」という 族称の記載が始まっていることなども興味深い点です。熊本藩にお ける教悦支配の具体的な内容など、 今後の史料研究が期待されます。  水俣葦北公害サークル の梅田卓治さんからは、「水俣病患者さんと出会い、学んだこと」 を寄稿していただきました 。
 昨年度の水俣病の患者の方々と環境大臣との懇談の場で、ある患者の方が被害を訴える途中で、 環境省職員がマイクの音声を切るという出来事があったことは、まだ記憶に新しいところです。 その後、県内のある市で市内全世帯に配られたカレンダーで、 水俣病をハンセン病と並べて感染症とする表記がなされました。 また、家庭教師を派遣する会社の作成したインターネット上の教材には、 水俣病が遺伝するという誤った説明があったことが発覚しました。
 熊本にいると、水俣病に関する学習の機会はありますが、 それが表面的な知識を得ることだけにとどまり、教訓として現在や将来につながるものと なっているのか、危惧を持ちます。ましてや、熊本県外ではどれだけ水俣病について、 学ばれているのでしょうか。  水俣病の問題はまだ解決していません。水俣病に深く学び、 二度と同じことを起こさないようにその教訓を伝えるべく、 退職後も 学校や行政の方々のフィールドワークを引き受けておられる梅田さんの姿が 思い浮かびました。
 前号の発行以後、訃報が相次ぎました。
 3月1日には、石 川一雄さん、5月1日には、志村康さんが亡くなられました。 また、7月26日には高野雅夫さんも亡くなられました。夜間中学校の卒業生として、 夜間中学校の廃校反対・創設運動のに先頭に立ってこられた方でした。
 ご冥福をお祈りすると同時に、思いを引き継ぎ行動することが生きているものの務めだと あらためて受け止め、微力を尽くしていきたいと思います。




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